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8月6日と広島電鉄の路面電車(絵画と文 井上晴雄)

「8月6日と広島電鉄の路面電車」(絵と文 井上晴雄) 

数年ぶりに広島を訪れた。大都市の多くでは昭和30年代からのモータリゼーションの波を受け路面電車は消滅したが、広島市では健在だ。

広島駅電停から広島電鉄の路面電車にゴトゴト揺られ、近代化された街並みをゆくこと約20分。原爆ドーム前電停で降車すると、緑に囲まれ立つ原爆ドームを前に人々が手を合わせていた。原爆ドームのある現在の平和記念公園一帯は、かつては賑やかな繁華街だったと聞く。呉服屋や料亭、映画館などが連なり、たくさんの笑顔が行き交っていたのだという。

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しかし、ときは194586日午前815分、広島上空より米軍のB-29爆撃機エノラ・ゲイが原子爆弾を投下しその風景は一変した。白閃光とともに強烈な爆風と衝撃波が起き、まちは焦土と化し多くの尊い命が失われた。現在の原爆ドームにあたる広島県産業奨励館はレンガ壁と天井ドームの鉄骨を残して崩れ去った。

 

そのとき、広島電鉄の路面電車はラッシュ時だった。爆心地付近を走行中の車両は全焼大破。支柱は倒壊し全線不通となった。そんな絶望的な状況のなか、広島電鉄の社員らは、人や物資を運ばねばならないという使命感のもと懸命に復旧作業を進めた。そして被爆から3日後、一部区間での復旧運転に奇跡的にこぎつけた。荒廃したまちを馴染ある路面電車が走るさまを見て、市民は大いに勇気づけられたという。

 

それから70年余りのときが流れた2016527日、オバマ大統領が米国の現職大統領として初めて平和記念公園に訪れた。そして、原爆死没者慰霊碑に献花し哀悼の意を示した。歴史的な一歩だと多くの歓迎の声が上がった。

核兵器のない平和な世界を築いていくには時間がかかるかもしれない。ただ、広島の歴史を各々が知り、想像力を養いながらそれを未来に伝えていくことで実現できる日が来ると信じたい。復興のシンボルとして市民を勇気づけてきた広島電鉄の路面電車。今日もたくさんの人々を乗せ、広島市内を力強く走りつづけている。

   (「86日と広島電鉄の路面電車」 絵画と文 井上晴雄/『旅の眼124号』掲載

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