今治 織田ヶ浜の夕景

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  「今治の夕暮れ」 2007年9月制作

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 「社会に出て、よう泣いちょったが、ふるさとの海を眺めるたびに、また頑張ろうと思うてな」。道すがら、旅人からそんな話を耳にしてから、数年後、彼女の出身地である愛媛県今治市に足を運ぶ機会が訪れた。
 広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ、しまなみ海道。それを渡り、今治市沿岸部に広がる織田ヶ浜に降り立つと、沖には、先ほど通ってきた芸予諸島の島影が、うっすらと浮かび上がっていた。
 気がつくと、太陽は西に傾き、空は、錦色に染まっていた。風は凪ぎ、透きとおった波がキラキラと輝きながら、静かに押し寄せてくる。いつしか私の心は、あたたかい緋色に染まっていた。
 人の心には、思い出という宝石の数々がある。ただ、大人になり、毎日を忙しく過ごすうちに、いつしか、それらを思い出すことをやめてしまう。そればかりか、目先の損得や地位名誉に目が眩み、次第に心は枯渇していく。心が疲れたとき、少しばかり足を止めてみたい。そして、少年少女だったあの頃の想い出に浸ってみたい。
 海はあたたかく、どこまでもやさしかった。いつのことだったか、遠く過ぎ去った日に見た、あの日の夕陽とどこか似ていて、懐かしさのあまり、涙した。

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砂丘浪漫

Sakyu_2 陽がやさしく照らす 砂丘の朝

なだらかな砂の流れを見ているうちに

  幸せとは何か 少しだけ
  分かったような気がした
(F4号 水彩画  2007年8月制作)

     「砂丘浪漫」作品説明 夕刻、西陽が差し込み、砂丘はキラキラと輝きはじめた。向こうの方に、ラクダのシルエットが、ゆったりと横切っていく。 鳥取砂丘は、日本海沿岸に広がる砂礫地帯である。中国山地の花崗岩が風化して、卓越風で流されて形成したといわれている。すり鉢状の砂の窪みは、最大で90mもの高低差に及ぶ。 砂丘は遠望すると、なだらかで美しい。しかし、いざ歩行するとなると、実に困難な場所である、砂に足を踏み入れれば、もう片方の足が埋まり、引き抜こうとすると、また他方の足が砂の中にめり込む。先の風景はすぐそこに見えているのに、なかなか前に進めない。小高い丘を越えたかと思うと、また窪みに入り、また次の丘が、目の前にそびえ立っている。  砂丘を歩く。それは、人が生きるということにも似ているような気がする。ひとつのハードルをクリアしても、また新たな試練が待ち構えている。その次にはまた違う関門が聳えている。その繰り返しである。得てして、生きるとは、辛く厳しいものだといえるかもしれない。そう考えたとき、いかに先を急ぐかよりも、ときには立ち止まりながら、その中に、たくさんの幸せを見つけていく方が、賢明な生き方ではないかと思った。 砂丘を越えきったら、その先には、紺碧の日本海が一面に広がっている。潮風が心地よく吹き抜ける美しい浜辺。私たちは、砂丘の先に、何を夢見て、今日の一歩を進めるだろうか?  

津軽の海

「津軽の海」(2008年1月制作/水彩Photo_7 F10号)

           「津軽の朝陽」作品説明

 青函トンネルを抜けて、列車は、本州から北海道に入った。木古内駅で途中下車すると、
厳しい風雪が吹き荒れ、道は厚い氷に閉ざされていた。日本でも有数の豪雪地帯。あまりの寒さに身震いした。導かれるように、光の射す方向に歩いていくと、砂浜の向こうに、明るい津軽の海が広がっていた。打ち寄せる波がキラキラ輝き、沖はやさしい光に包まれていた。
  青森へ向かう一艘の船が、ゆっくりと光のなかに消えていった。その甲板に、津軽の
朝陽に手を合わす、老婆のシルエットが、一瞬、見えたような気がした。

 現代の社会において、私たちの一生は、順風満帆に進むのが理想と考えられがちである。しかし、私は、それが良いとは限らないように思う。むしろ、困難や試練に直面し、失敗や挫折を数多く知ってこそ、気づく幸せもあるような気がする。例えば、風雪のなかで見た、
この津軽の朝陽のように。


個展のご案内

 

井上晴雄。の絵画作品の多くは、丹波黒豆の老舗企業として知られる株式会社かね善様のご支援のもと、

同社1階ギャラリーに常設展示されています。毎月、以下記載の日程で、

「井上晴雄.個展(~素朴な日本の風景~)」として一般公開されています。

 

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 「井上晴雄.個展(~素朴な日本の風景~)」(常設個展)
(場所)「株式会社かね善1階ギャラリー」
(交通)大阪市営地下鉄千日前線または今里筋線今里駅4番出口上がってすぐ
(住所)大阪市東成区大今里南1丁目1-26 
(時間)11~19時  (入場)無料
(連絡先)090-8217-8677/ haruo-inoue@nifty.com

(提供)株式会社かね善 株式会社丹波の黒太郎

(日程)

    3月の日程・・3月4日

なお、個展当日は、ギャラリー前にて、同社自慢の美味しい 黒豆製品の即売会が催されています。こちらもどうぞ合わせてお楽しみください。

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金色の風

Akatuki1 西に傾く陽に包まれて 

沖の島々は 霞がかった

いつしか 金色の風が 天空から舞い降り

まるで ときを止める魔法をかけるように 

海面を なではじめた 

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年5月制作)


      「金色の風」作品説明

 やさしい風に誘われ、深い眠りに落ちているうちに、いつしか空と海は、金色に染まっていた。一艘の舟がまばゆい光のなかに、静かに消えていった。まるで、遠く過ぎ去ったあの日の夢の続きを見ているような心地よさだった。こんな美しい風景を見せてくれた自然に、思わず手を合わせた。
 自然は人間に、無償の恵みを与えてくれる。しかし、世界を見渡すと、自然を壊す動きが絶えることがない。私たちは、太陽の光があるから、水を飲めるから、空気を吸えるから生きることができるというのに。
 人間は、文明を進化させるうちに、いつしか、自然のなかに生かされているという視点を忘れてしまったように思う。海や川や山を敬愛し、あらゆるものに感謝しながら日々を送る大切さを。

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オススメ

 以下では、私の絵の活動をご支援いただいている、 株式会社かね善(丹波の黒太郎 )様 の黒豆商品の数々を紹介しています。豊かな自然の恵みと、会社や農家の方々が丹精込めてつくりあげた商品ぞろいです。即売会では行列ができるほどの盛況ぶりで、どれも美味しいですよ。ぜひおススメです!

(定番商品)

・丹波の黒太郎   ・丹波の黒豆茶   ・人気商品の詰め合わせギフト  

・くろまめちょこ  ・丹波黒大豆生豆  ・丹波の黒太郎季節のギフト 

(黒豆のお菓子)

・丹波の黒太郎ブランデー風味   ・一粒の味緑(みりょく)   ・丹波の黒いり   

・丹波の黒太郎抹茶がけ   ・丹波の黒太郎ゆず風味   ・丹波の黒太郎シナモンがけ   

・丹波の黒太郎一味がけ   ・五色セット   ・甘納豆なつかし   

・きなこプリン   ・黒豆屋さんのおぜんざい

(毎日の食卓に)

・丹波黒大豆ごはんの素   ・丹波黒大豆きな粉   ・丹波黒大豆味噌   

・丹波黒豆煮ふくふく   ・大粒栗煮   ・丹波大納言原料

(お得なセット)

・お味見セット

(素麺・うどん)

・播州手延素麺「揖保五匠」(ご家庭用)   ・播州手延素麺「揖保五匠」(ご贈呈用)  

・揖保五匠 細うどん   ・揖保五匠 極太素麺

(その他)

・黒豆善体(くろまめよいからだ)

おススメ

 以下では、私の絵の 活動をご支援いただいている、 株式会社かね善(丹波の黒 太郎 )様 の黒豆商品の数々を紹介しています。豊かな自 然の恵みと、会社や農家の方々が丹精込めてつくりあげた 商品ぞろいです。即売会では行列ができるほどの盛況ぶり で、どれも美味しいですよ。ぜひおススメです!

(定番商品)

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・くろまめちょこ  ・丹波黒大豆生豆  ・丹波の黒太郎季節のギフト  

「新たな旅が始まる」

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静まり返った大地に

 輝く朝陽が顔を出した

何もかもが生命を帯びる感動の瞬間 

私も 新たな旅を
 またはじめようと思った

(絵:井上晴雄./F8号/水彩画/2007年制作)


「新たな旅がはじまる」 作品説明 

長い夜が過ぎ去り、峻険な山々に囲まれた小さな村にも、朝がやってきた。眩いばかりの光は、瞬く間に、深い暗闇に沈んだ村を、あたたかく包み込んだ。ふと上空を仰ぐと、そこには、東の空を掠め飛ぶ一羽の鳥の姿があった。その羽ばたきは、あまりに力強く、心に響くものがあった。 鳥は、道しるべもないこの厳しい夜を休まずに飛び続けていたに違いない。寒く凍りついた空をたった一羽で。 生きていると、先が見えない暗闇に埋没したり、ときには立ち直れないような悲しい出来事もある。しかし、無心になって前に進んでいれば、必ず夜明けのときがくる。夜が長く厳しいものであるほど、明るく美しい朝がやってくるように思う。 私も、また新たな旅をはじめようと思った。

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黒豆畑が広がる風景

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「黒豆畑と青空」(2007年11月制作/水彩Photo_5
        

ちいさな集落の一本道を抜けていくと
黒豆畑が
  薄緑色に 染まっていた

広い空には 雲が流れ
幸せなときが ゆっくりと過ぎていった

「黒豆畑と青空」<兵庫県宍粟市一宮町の風景>解説

 氷ノ山、三室山、後山といった険しい山々に囲まれた宍粟市。一宮町界隈に入ると、揖保川のせせらぎを覆うように、黒豆畑が一面に広がっていた。
  青空には 雲が流れ、どこまでも透きとおっていた。美しい清水、明るい陽光、植物の生命力、大地の香り、素朴な人々・・薄緑色に染まった黒豆の葉は、風に静かに揺れ、キラキラと光り輝いていた。どこまでもゆったりとした幸せなときが、空の彼方に霞んでいく・・・

※黒豆は、ダイズの一種で、黒大豆とも呼ばれている。8月ごろに薄桃色の花が咲き、10月ごろ実をつける。実が黒く色づいた11月中旬~12月上旬頃、収穫される。

大阪市内夜景

Photo





















 展望台を上りきると
 眼下には まるで銀河のように
 無数の光がまたたいていた

大阪のまちに これだけたくさんの光が
 灯っているとは 知らなかった

 あまりの優しい光の数々に 涙した

 途方もないときをかけ
 人々が積み重ねてきたもの
    だからこそ 
    ここまで美しく光り輝くのだろう

神戸の夜景

Photo 星屑が舞い降りる神戸のまちに 一本の光の道がのびていた

 東に西に向かう 明るいひかりの道そこには 力強い命が息づいていた

道がある限り 幸せは必ず訪れる生きている限り明日はやってくる 

 その光のみちを消さぬよういつまでも 平和の祈りを ささげたい 
(F8号 2007年9月制作)

ふるさと列車~島原鉄道~

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木造の古びた駅舎

旅立つ青年を乗せた列車は ついに 
動きはじめた


 線路の先を見ようとしたが

 かすんで なにも見えなかった


秋の陽が プラットホームに

やさしく 降り注いでいた

(F10号/2007年10月制作)

       「ふるさと列車~島原鉄道~」作品説明

 島原は、長崎県南東部に位置する古い城下町である。格子窓や白壁を構える武家屋敷跡の並びを抜け、風鈴の音色のこだまを聞いているうちに、身も心も、いつしか昭和年代にタイムスリップしてしまう。そんなまちを通り、有明海に沿って走るのが島原鉄道。現在も、昭和30~40年代に活躍したレトロな列車が、運行している。
  この絵は、ふるさとのまちを離れて、都会に出て行こうとする若者の気持ちを描いたものである。プラットホームには、見送る年老いた母の姿。手前に添えた赤い花には、母の心情を、黄色い花には、若者の心情を投影した。
 親というものは年をとるに従って、皺が増え、腰が曲がり、どんどん小さくなっていく。しかし、どれだけ年を重ねても、我が子のことをあたたかく見守り、愛し続けているものである。
 別れの日の朝。この日も普段と変わることなく、青空には粉雪のように光が舞い、古びた木造の駅舎をやさしく包み込んでいた。汽笛が鳴り、列車は、ゆっくりとホームを離れた。

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大阪平野の夜景

(2007年9月制作/F10号)
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「大阪の夜景」

彼方には 異国に向けて飛び立つ飛行機のシルエット

生駒山上から見た大阪のまちは 
どこかしら淋しかった
  
ビルが立ちならび
賑やかに栄える大阪のまちは

ただ潤うように美しく輝くだけだった
遠く遠く 
夕暮れにしっとりと溶け込んでいった

長崎の夜

Nagasaki7 戦後六十年
稲佐山の上から
長崎の夜景を 一晩中眺めた

宝石を散りばめたような
まちの灯りを見ながら ふと思った

 生きるとは
 心のなかに 想い出という灯で
かけがえのない夜景を つくることではないか

(2007年8月制作/F12号水彩画)


     「長崎の夜」 作品説明

1945年(昭和45年)8月9日午前11:02。上空を飛ぶ一機の飛行機から、長崎市内に向けて原子爆弾が投下された。爆弾は、長崎市の中心部から約3km離れた浦上地区において炸裂。閃光とともに上空にキノコ雲が上がった。爆風と灼熱地獄がまちを襲い、一瞬にして、市内の建物の36%が全燃・倒壊、7万2千人もの尊い命が失われた。辛うじて生き残った人々にも、その後、放射能を帯びた死の灰と雨が降り注ぐこととなる。人々は絶望の底に沈み、まちは暗闇に包まれた。

 終戦から約60年の年月が経つ日、私は、長崎市内を望む稲佐山に登った。鬱蒼と茂る木々の並びを抜けていくと、目の前に、煌めく無数の灯りの渦が広がった。あまりの美しさに立ちすくんだ。

 その夜景を眺めたとき、長崎が、原子爆弾の被災地だということを一瞬忘れてしまった。その明かりの数々は、優雅そのものだったからだ。ただ紛れもなく、長崎市の戦後は、あの一瞬からはじまった。無言でキラキラ輝くその光の渦を見たとき、涙が止まらなかった。暗闇に包まれた死のまちから、ここまで辿りつくまでには、想像を絶する労苦があったに違いない。この明かりは、60年という歳月をかけて、人々が手と手を取り合ってまちを復興させてともした、命の明かりなのだ。

 現代は、衣食住が当たり前に提供される時代となり、戦争は、昔話として風化されつつある。しかし、私たちは、戦争でたくさんの大切なものを失ったことを忘れてはならない。また、今現在も その後遺症で苦しんでいる方が多数おられることも知っておかねばならない。

長崎の夜景を見渡しながら、この美しい明かりを二度と消してはならないと思った。
世界に恒久の平和が訪れるよう、祈りを込めて絵筆を強く握りしめた

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ただ無心に

Usuzumi2根尾の山あいで
大地に根を広げる
桜の大木と出遭った

山を春色に彩ろうと
 ただ無心に咲き誇るさまを見て
  頭が下がる思いがした

どんなに辛いことや悲しいことがあっても
力強く生きていこうと思った

(2007年8月制作/F12号水彩画)

 「ただ無心に」作品説明

 岐阜県西部、福井県との県境に近い山中に、根尾という小さなまちがある。
根尾川が北から南へ流れ、周囲には、能郷白山はじめ険しい山々が連なっている。厳しい冬を通り越すと、うららかな春の陽気が漂い、桜の名所となる。そのなかに、薄墨桜という彼岸桜の巨木が一本立っている。蕾のときはピンク、満開時には白色になり、散るときには、淡い墨色になる珍しい桜。樹高は16.3m 周囲9.9mを誇る。

 樹齢1500年という途方もない長いときのなかで、薄墨桜は、何度も枯れかけたそうだ。それでも今年も春が訪れると、無数の花々を咲かせているのだった。幹は朽ちはじめ、たくさんの添え木で支えられている。それでも何も語らず、大地に根を張り、ただ無心になって、花を咲かせていた。

 その姿を見たとき、頭が下がる思いがした。私たち人間も、辛いことや悲しいことがあっても、無心になって懸命に生き通さなければならないと思った。

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平和の朝

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社会に 悠久の平和とたくさんの幸福が訪れますように


<※空を飛ぶ鳥:自由の象徴 向き合う二羽の鳥:友好と平和の象徴 輝く朝陽:明るい未来と発展の象徴 桃色の空:豊かさを呼ぶ色 亀、松:長寿と安定の象徴 鳥7羽と亀1=8 葦の草:澱みを浄化>(F10号 水彩画 2007年8月制作)






幸せが降りつもる

67_008さびれた山奥の廃線跡
列車がやってこなくなって 何年も経つ

人々はいつしかその存在さえ忘れてしまった

ただ 桜の木々だけは
今年も 忘れることなく
たくさんの 花吹雪を降りつもらせていた

(F4号 水彩画 2007年7月制作)


「幸せが降り積もる」作品説明

人里離れた山に分け入っていくと、茂みのなかに、廃線跡があった。枕木はとうに朽ち果て、線路は草や苔で覆われていた。ふもとの村のに住む誰もが、その存在すら忘れてしまっていた。

 しかし、春が訪れると、線路脇の山桜は毎年欠かさず咲き乱れ、廃線跡を愛でるかのように、花吹雪を散らしているのだった。春の薄い光が枕木に落ち、足元には、無数の桜の花びらが吹き溜まる。それはかつて、列車が山を駆け抜けたときと何変わらない華麗な姿だった。
 
 人間も、年を重ねるごとに、腰が曲がり、病気がちになり、次第に朽ち果てていく。しかし、それはとても美しいことである。ここまで築いた深い人生経験や想い出の数々は、未来へ繋がるかけがえのない財産である。

 私も含めた若い世代は、年配の方々を敬い、紡がれた歴史から、真摯に何かを学んでいきたいものである。
                        

鳥の旅

67_010 どんなに苦しくても
 どんなに辛くても
 鳥ははばたきつづける

山の向こうに
光の島があると信じているから
 願いを持ち信を貫き通せば
どんな遠いところへも行けるはず
  鳥はそれを知っているから
  今日もはばたきつづける

(F4号 水彩画 2007年7月制作)

ホタルの夜

67_012 静かな森林を抜けると
夜空に 無数のホタルが舞っていた
それは 心躍る夢の世界

悲しみも 淋しさも
すべては光のなかに溶け込んでいく
森林の幸せを願いつづける 優しい光の渦に

(F8号 水彩画 2007年7月制作)

夏の夕暮れ

67_005絵の具を滲ませたような海に
大きな太陽が沈んでいく


 人は ときに過去にとらわれ
 未来に不安を持ってしまう

でも 一番大切なのは 今このとき
人生で二度とない っ瞬間を
 じっくりと味わって生きていきたい

(F8号 水彩画 2007年6月制作)

山の音

67_001ふと足を止めると
霧がかった山からも

野鳥のさえずりや
水の音が聞こえてきた

忙しく過ごしているうちに
  いつしか 野山の音に
  気づかなくなっていた

(F8号 水彩画 2007年6月制作)

小麦畑と旅

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小麦畑を割って ちいさな電車が走る
そんな風景に憧れて 旅に出た

窓を開けて みどりの風をの音をきく
それだけで うれしかった

 喜びながら生きる
 それが旅というものかもしれない

(F4号 水彩画 2007年6月制作)

大地を溶かす朝陽

Daiti_asahi

凍りつく北の大地の夜が明けた 

 全てを包み込む光は  厚い氷でさえも 

 みるみるうちに 溶かしきった 

信念を貫き通せば ある日突然 

 夢は 叶う

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年6月制作)

黒潮の夜明け

Kuroshio

高くそびえる黒潮の向こうから 輝く朝陽が差し込んだ

人生は一度きり 

 過ぎゆく一日一日に感謝して

  一分一秒 大切に過ごしたい

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年6月制作)

     「黒潮の夜明け」作品説明
         
 季節は初冬。私は南国に向かうフェリーに揺られていた。寒々とした突風が甲板に吹き
つけ、船は、海のなかに今にも飲み込まれるかのように揺れていた。どこまでも深い暗
闇に激しい水しぶきが立ちあがり、身震いがした。ただ、そのときを待った。
 明朝、東の空がかすかに藍色に染まってきた。そのときだった。水平線上から、突然、
光が射し込んだ。まばゆいばかりの朝陽は、またたく間に空気を溶かし、天空を錦色に
染めあげた。うねる波はくっきりと姿を現わし、滑らかにキラキラと輝きはじめた。待
ちに待った朝がやってきたのだ。
 人生には 絶望の縁に立たされることもある。辛さや悲しさに打ちひしがれることもあ
る。しかしそんなときも、舵をこぎづつけ、ときを待てば 必ず陽は上がってくる。明
るい夜明けは、必ずやってくる。

初夏の渓流

Natu_keiryu_2   光と影が交錯する森の奥に

清らかな川の流れがあった

 美しき生命の源 雄大なる大地の鼓動

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年5月制作)

南国の風

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 嵐が過ぎ去ったあと

一艘の小舟は 穏やかな南の海を漂っていた

上空には 群青の空が流れ

自然と心の境界線がなくなっていた

旅人が求めていたのは

 こんなひとときだったのかもしれない

(絵:井上晴雄./水彩画/F4号/2007年5月制作)

夜景と花火

 
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息を切らして城塞の暗がりをあがりきると 

雷鳴のような轟とともに 

 光のシャワーがまちを包み込んだ

 今日は 花火大会の夜 

夜空が鮮やかに彩られ 

 いつしか心が 子供時代にかえっていた  

(絵:井上晴雄。/水彩画/F8号/2007年4月制作)

さよなら隠岐の島

Oki

祭の音色と緑のそよぎに包まれた島影は 

 ゆっくりと甲板から遠ざかり 

光り輝く海のなかに 

 静かに消えていった 

 さよなら隠岐の島 ありがとう隠岐の島
(絵:井上晴雄。/水彩画/F8号/2007年4月制作)


「さよなら隠岐の島」作品説明  

  汽笛の音とともに フェリーは港を離れた。上空には、カモメが優雅に旋回している。これから船は、隠岐の西郷港から、本土の境港に帰ってゆくのだ。
フェリーの甲板に出ると、ひとりの青年が、必死に手を振っていた。入り江には、見送る家族の姿があった。互いに、涙を流しながら、手を振りあっていた。無性に心が温まった。青年は、今から、就職するために、島を離れるのだろうか。
隠岐は、日本海に浮かぶ群島である。境港の北方約50kmに位置し、島根半島の方から、知夫里島、中ノ島、西ノ島、島後島と並び、ちいさな島を入れると、約180の島々が点在している。
船が進むにつれ、島はみるみるうちに小さくなり、ついに光の霧の中に消えていった。

                       

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南紀の花火大会

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岸壁の向こうから 

この夏一番の花火が上がった 

誰もが心をひとつにして 夜空を見上た祭りのとき 

ああ 夏が来た

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年3月制作)

ホタルの夕べ

Hotaru_1森の透きとおった水辺に出ると

 若葉の暗がりに

無数のホタルが 飛びかっていた

まるで 星屑が流れるような 静かな初夏の夕べ
(絵:井上晴雄./水彩画/F4号)

     「ホタルの夕べ」
                   井上晴雄。

 静かな渓流の音にさそわれて、森のなかに入っていくと、暗がりのなか、ポツンポツンとホタルの灯があらわれた。
ともったかと思うと消え、消えたかと思うとともる
 ちいさな光ひとつひとつが 夜の闇をほのかに滲ませ、森を彩っている。それは、生きる喜びや大切さを懸命に伝えているような
気がした。
 気がつくと、あたりは星屑を散りばめたように。無数のホタルに包まれていた。それはまるで、天空に銀河が流れるようであった。

明るい海が広がる

Aki

薄暗い山道を下っていくと 

木々の隙間から 

明るい海が広がった

沖にはまるで粉雪が舞い落ちるように
やさしい光が 

サラサラと降り注いでいた

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年制作)

「安芸の海」作品説明

 鬱蒼と茂る山道を下っていくと、うねる木々の隙間から、夕照の安芸の海が広がった。沖には、一艘の小舟が、船尾を引きながら、ゆったり浮かんでいた。やさしい風と共に、仄かな光が、天から舞い降りてきた。

 光の先には、ちいさな島々と四国が横たわっている。かつて人々は、沖を眺めながら、一生のうちに、四国巡礼をしてみたいと、ロマンを抱いたという。生活は貧しかったけれど、心は豊かだった時代。
現代は、交通網の発達やスピード化により、何百キロ離れている土地へでも、容易に行き来できるようになった。確実に、社会は豊かになった。しかし一方で、大切な何かを失った気がする。
鳥の声、木々にそよぐ風、海の輝き、人のぬくもり・・そんな一見、何でもないことや、スローで不便であることに、案外、幸せのかけらがあったのかもしれない。

                       
                   

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山峡の道



Hayazakura

 幸せを探し続けたうす暗い山峡の道にも


   ちいさな春が 訪れていた
(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年制作)

春列車

Haruden_2   エメラルドグリーンの川を渡りゆく春列車

    北国のまちは 

いつしか浅黄色の風に包まれていた

絵:井上晴雄./水彩画/A4/2007年制作

南予の春

Nannyo_4うぐいすのさえずりに包まれた 南予の岬

 
 沖に向かうフェリーの船影が

 甘い春の香りのなかに

消えていく

(絵:井上晴雄./水彩画/F4号/2007年2月制作)

山里の朝

Shirakawa_1深く静まり返った山里の朝 

水面に映りだした合掌民家は

 
春の息吹を添えて 

ただ凛として 佇んでいた 

(絵:井上晴雄./水彩画/色紙サイズ/2007年3月制作)

湖沼の落日

Numa_1野鳥の声も聞こえなくなった 山路の夕暮れどき

錦色に染まった空の色は  

ゆっくりと

古い湖沼の底に滲み込んでいった

(絵:井上晴雄./水彩画/F8号/2007年3月制作)

「信州の菜の花畑」

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雲が滲むように流れた白馬の青空

霞を乗せたそよ風は

 満開の菜の花畑にそよぎ 

 辺りはいつしか 甘い香りで覆い尽くされていた

(絵:井上晴雄./水彩画/F10号/2007年3月制作)

 「信州の菜の花畑」 作品説明

 白馬岳は標高2,932mを誇る、北アルプスの山である。冬は厳しく、稜線東側の谷筋では、膨大な積雪と雪崩が繰り返される。そんな白馬岳にも、春がやってくる。青く澄んだ空には、小鳥の声がこだまし、菜の花の甘い香りが、麓にゆっくりおりてくる。

 生きていると 試練や困難がたくさんある。でも、そこから美しい物語が生まれてくる。広がる風景や足元に咲く花々に感動しながら、聳え立つ山々を、一歩一歩登ってゆくことに、生きる醍醐味があるような気がする。

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「春の風」

Sakura  舞い落ちる桜の花びらを乗せた春の風は

まるで銀の琴が
澄んだ音色を奏でるように 

山裾を桜色に染めていった
<

(絵:井上晴雄/F8号/水彩画/2007年制作)


「春の風」作品説明

 深い山々を抜けていくと、飛騨の谷あいは、桜吹雪で埋め尽くされていた。誰もが感激のあまり息を飲んだ。春の風が吹くたびに、天空から、無数の花びらが舞い落ち、そのさまは、まるで銀の竪琴が、雅な音色を奏でているかのようであった。

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黒豆の里(宍粟市一宮町)

2sato_1丹波の深い山々の中に 

ちいさな山里が開けていた

澄みきった空気のなか 

やわらかく降り注ぐ秋の陽が

収穫どきの田畑を やさしく照らしていた 

(絵:井上晴雄./水彩画/F50号/2006年9月制作)

 「黒豆の里」

<兵庫県宍粟市一宮町の風景> 解説

 兵庫県姫路市から、30kmほど北上したところに、宍粟市一宮町というまちがある。
播磨国一ノ宮である伊和神社を中心に形成され、古くより、黒豆の産地として
知られているまちだ。
 ときは晩秋。清流揖保川に沿い、山崎、波賀といったちいさな集落を抜け、木々のトンネルや棚田を縫いながら、山坂道を上っていくと、眼下に、明るい集落が姿を現した。
流れる雲の隙間から、野鳥のさえずりが聞こえてくる。空からは、やわらかい秋の日差しが落ち、収穫どきの田畑をやさしく照らしていた。あまりに美しい光景に、立ち尽くした。

 地方のまちに訪れると 都会生活で忘れてしまった何かを ふと思い出すことがある。文明の発展とともに失われた何か。それは、こういった「ふるさと」の光景なのかも
しれない。澄みきった空気、川、太陽、土壌・・
芽を出した苗は、季節が移ろうに従って、葉をつけ、実をつける・・

ここ兵庫県宍粟市一宮町には、私の絵の活動を応援していただいている、株式会社かね善(丹波の黒太郎)様の黒豆畑がある。一宮町の豊かな自然によって育まれた豆は、格別に美味い。豆一粒一粒には、四季の彩と生命の輝きが詰まっている。

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豆の花々

Endou
Azuki

3tubo

室生寺

012 (F8号/水彩)

瀬戸内の朝陽


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 漆黒の半島に、朝陽が昇った 

海面いっぱいに広がる眩い光を受けながら

長い闇の中から開ける未来は 

こんなに美しいものなのかと思った

(絵:井上晴雄/水彩画/F8号/2006年制作)

・「宍道湖の夕暮れ」

Photo_6_1 空が焼けて 

さざ波が金色に 染まってきた

陽の暖かさを 全身で感じながら

何も考え