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はじめに

当サイトは、日常的な話題や社会的話題も考えながら、制作の日々のことを日記風に綴っています。

井上晴雄 絵画作品集」と併せてお楽しみください。

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絵画「夕暮れの瀬戸内海(小豆島)

Photo 皆様こんにちは。新型インフルエンザが流行していますが、大丈夫でしょうか?だいぶ沈静化されてきたものの、全国にじわりじわりと広がってきていて怖いですね。私も最近はマスクをしてたり、 寝る前にうがいをしたりして予防しています。お互い体に気を付けましょうね

 今回は前回にひきつづき 小豆島に関する絵画を描きました(添付画像) 私は小豆島が好きで、幾度となく足を運んできました 比較的、関西から足を運びやすい場所であるのに、まるで別世界のようだからです。島独自の文化が残っていたり、オリーブの林が広がっていたり。それに、流れる時間がゆったりとしていて、ロマンを感じさせる島なのです

 ロマンチックな小豆島といえば、昨年、遠望した風景があります。とある日の夕方。私は神戸港から 高松築港に向かうフェリーに乗船していました。あいにくの天気で 神戸港を出航するとき 雨が降りだしました。
遠ざかっていく神戸の街並みは、またたく間に白い霧に覆われました。そればかりか、次第に、雨と風が甲板に吹きつけはじめ、甲板に出ているのが好きな私も、さすがに船室に戻りました。「高松の到着が予定より大幅に遅れる見込みです」との船内アナウンスが入りました。船はグラグラと揺れています。2等室の壁に寄りかかっていると、疲れが出てきて、いつの間にか、寝てしまいました。

 数時間経ったときのことでしょうか。ふと目を覚ますと、海は静かになっていました。外から、乗客たちの明るい声が聞こえてきます。ドアを開けて甲板に出ると、西の海から、まばゆいばかりの光が差し込み、海をキラキラと輝いていました。まだ夢のなかにいるのだろうか。光が差している方向には、くっきりと島影がくっきりと浮かび上がっていました。小豆島でした。漁船がゆっくりと船尾を引いて、光のなかに溶け込んでいきます。空には海鳥たちが集まってきて、旋回しています。まるで神が宿っているかのような、ロマンチックな小豆島。私は、ただただ、その自然がつくりだした芸術に見入ってしまいました。


 この上なく美しい瞬間に出会える機会。人生において何度かあると思います。私は、そんな光景を見るため歩を進めているのかもしれません。その風景に出会うため、雨の日も風の日も、前に進むことに、大きな意味があるような気がしてなりません


 芸術の分野は、実生活において、さまざまな面で苦労も多く、私自身、幾度となく断念しようと思ったことがあります。しかし、今後も制作を継続していきたいと思います 作品を通して 誰かひとりでも、足を止めていただければ、それが私にとって喜びであり生き甲斐だからです

絵画「学校」(小豆島 岬の分教場)

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(学校 小豆島 岬の分教場/絵と文 井上晴雄./国内旅行/旅/風景/風景絵画)

 皆様こんにちは。ゴールデンウイークも終わってしまいましたね。私の住む大阪でも、
普段どおりの毎日が始まりました。いかがお過ごしになられていますでしょうか?

 私は、ゴールデンウイーク中は、絵を描いていたほか、通っていた小学校に訪れる機会がありました。昔を懐かしむ貴重なひとときを過ごすことができました。

 学校といえば、最近、小豆島の「岬の分教場」の絵を描きました(添付画像)。私はこの学校の卒業生ではないのですが、壺井栄氏の小説「二十四の瞳」の舞台として「岬の分教場」の存在を知っていました。

「二十四の瞳」は、昭和27年(1952年)壺井栄氏が発表した小説です。小豆島の南端にあ
る分校での、大石先生と12人の子供たちの学校生活を綴った心温まる物語。

時は昭和3年(1928年)のこと。小豆島の岬の分校に赴任した大石先生は、かわいい12人の生徒たちと出逢い、和気あいあいと毎日を過ごしていました。ただ、地元の村民からは、ハイカラであることを理由に、悪口を言われて辛い思いもしていました。ある日、大石先生は、子供たちが掘った落とし穴に落ちて、足を負傷してしまいます。子供たちは、心配して、長い道のりを歩いて、大石先生に会いに行ったのでした。その姿を見た地元の人々は、大石先生がかけがえのない存在だと気付き、子供たちと同様、慕うようになります。穏やかで安らかな年月が過ぎていきました。しかし、そんな幸せなときは、いつまでも続きませんでした。小豆島にも、第二次世界大戦の影が忍び寄ったのです。戦争が始まると、大石先生の教え子たちも出兵を余儀なくされ・・・
 

 物語が紡がれた時代から、かれこれ、65年近い歳月が流れることになります。二十四の瞳に出てくる「岬の分教場」とはどんな学校だったのか?大石先生は毎日、どんな道を通っていただのだろうか?そんなことを思いながら、小豆島に足を運んできました。

小豆島は香川県に属し、瀬戸内海に浮かぶ島。温暖な気候のもと、オリーブの栽培や、醤油の生産が盛んな島です。フェリーと路線バスを乗り継いで、小豆島の南部にある安田まで行きました。そこで自転車をレンタルしました。安田から「岬の分教場」までは一本道です。緑のトンネルを抜けていくと、次第に、海が視界に広がってきました。小説や映画でイメージしていたのと同じ光景。しかし、違ったのは、アップダウンが思ったより多かったこと。すぐに息が切れてしまいました。紺碧の海を眺めて時折、休みながら、岬の突端を目指して自転車を漕いでいきました。オリーブの葉が静かにそよぎ、陽があたたかく海面を照らしていました。


 「岬の分教場」は、資料館のような形で、現存していました。昔ながらの木造の建物。海の傍に静かに立っていました。建物の中に入ると、暗がりのなかに、黒光りする廊下が続いていました。シーンと静まり返っています。ガラガラと、重たい扉を開けて、教室に入ると、窓から、やさしくやわらかな光が、差し込んできて、そのなかに古びた椅子や机がずらりと並んでいました。油の香りのする床、壁に飾られている子供たちの絵画や習字、、懐かしい思い出の数々が甦り、その場を動けなくなりました。

この光景を絵にしてみようと思いました。木のぬくもり、「二十四の瞳」から感じた雰囲気、あとは、自身の学生時代の思い出など。さまざまな色彩を塗り重ねて、自分なりに表現しました。

 ときが経っても変わらないものがあります。学生時代の思い出。それはそのひとつかもしれません。一生に一度しかないかけがえのない日々。それらを心の宝物としてあたためながら、作品制作にも生かしていきたいと思っています。

小豆島では、そんな懐かしい思い出が次々と、甦ってきました。青空には、虹色の雲がゆっくりと流れていました。
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