絵画「有明海干潟の朝陽」

「有明海干潟の朝陽」

 

佐賀県の最南端に位置する太良町に訪れた。目の前には有明海が広がっている。有明海といえば日本最大級の干潟を有する海として知られている。潮の満ち引きによる水位差は6mにも及び、刻一刻と景色が変化していく。前日の夕方は海中にあった浅瀬も翌朝になると潮が引いて泥で覆われていた。

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沖には一艘の漁船が長い白波を引きながらのんびり巡航している。霞む雲の下には有明海苔を養殖する海苔網支柱群が一列に並んでいるのが見えた。朝陽が昇るにつれ、干潟の泥は光を受け陰影をつくりながら幻想的に輝き、海面は淡い茜色に染まっていく。今日も希望にあふれる一日がはじまる。

 

(「有明海干潟の朝陽」/F10号水彩画/絵と文 井上晴雄)

絵画「岩座神の棚田」

「岩座神の棚田」 岩座神棚田は兵庫県中央部の多可郡多可町に広がる。JR加古川線の西脇市駅から路線バスに30分ほど揺られ、そこからさらに杉原川の支流・多田川に沿って坂道を上っていった。50分ほど歩くと民家もとだえ、眼下にはごつごつした岩間を清水が白く速く流れているのが見えた。しばらくすると視界に「岩座神」と書かれた標識があらわれた。

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岩座神は「いさりがみ」と読む地名。集落の背後にそびえる標高1005mの千ヶ峰は仙ヶ峰とも称され、神が棲むと言い伝えられてきた。それに由来する「神おわす」ということばが「いわすわりかみ」となり「いさりがみ」という地名へと変化したといわれている。岩座神には「岩座神の七不思議」と呼ばれる言い伝えも残る。例えば、干ばつのときに雨乞岩踊りを奉納すれば必ず雨が降ると伝えられている「雨乞岩」、一本枯れても本数が減らない「三本竹」など。どれもミステリアスで想像がかき立てられる。

 

多田川のせせらぎの音を聴きながら深い杉木立のなかを歩き、峠を越えていくと、ちいさな集落が見えてきた。それが岩座神と呼ばれる集落だった。漆喰壁を持つ民家など20棟ほどが急峻な山斜面にしがみつき、中には茅葺き屋根の民家も見られる。民家群に寄りそうように棚田がいくつも連なり、黄金色に染まった稲穂が秋風に揺れていた。棚田の数は340枚にも及ぶ。その棚田においてとりわけ目を引くのは、棚田と棚田の間には何重にも積まれている石垣。2~3mの石垣で高いもので5mほどの高さにもなるという。

 

それらの石垣は鎌倉時代、急峻で農業に不向きとされた地で農業を営むため築かれたものだと伝えられている。千ヶ峰から流れる湧水を引き込み豊かな稲を実らせるとともに、雨水を一時的に貯めることから、地滑りや洪水から地を守る役割も担ってきたのだそうだ。厳しい自然と対峙しながら時代を経て受け継がれてきた人々の知恵の結晶が、この豊かな稲の実りと美しい棚田の風景につながっていることを知り感慨深く思った。

「岩座神の棚田」F10号水彩画/絵と文 井上晴雄

 

Rice terraces in Isarigami”

I drew a picture of a rice terrace The place is Iwaza Shrine Tanada. It is located in Taka-cho, Taka-gun in central Hyogo prefecture.From Nishiwaki-shi Station on the JR Kakogawa Line, I was swung by a local bus for about 30 minutes, and from there I went up the slope along the Tada River, a tributary of the Sugihara River. After walking for about 50 minutes, I found the private house, and I could see Shimizu flowing fast and white through the rugged rocks below. After a while, you could see a sign saying "Iwaza-jin" in your sight.

Isarigamiis a place name that reads "Isarigami". Sengamine, 1005m above sea level, stands behind the village and is also known as Sengamine, and it has been reported that God lives there. It is said that the word “God Owasu” derived from it became “Iwasari Kame” and changed its name to “Isarigami”. A legend called "Iwaza god's seven wonders" also remains in Iwaza god. For example, there is a rain beggar that is said to rain whenever you give a rain beggar dance during a drought, or a three-bamboo that keeps

絵画「高台寺臥龍池と紅葉の木々」

絵画「高台寺臥龍池と紅葉の木々」
  
                          

 

                                    絵と文 井上晴雄

 

高台寺は春は桜、秋は紅葉の名所として知られる臨済宗建仁寺派の寺院。10月下旬~12月上旬には夜間拝観が行われ、訪れた日はライトアップされた幻想的な境内を楽しむことができた。

 

高台寺が建てられたのは慶長11年(1606)のこと。豊臣秀吉の正室にあたる北政所ねねが秀吉を弔うために建てたと伝えられている。

 

 

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紅葉に覆われた台所坂を進むと、広大な敷地内には、枯山水の回遊式庭園や竹林、重要文化財の堂宇などが次々とあらわれる。

 

重要文化財指定の開山堂と霊屋を結ぶ一角には臥龍池と呼ばれる小さな池が広がっている。その池畔であまりの美しさに足を止めた。

 

赤に黄色にと染まったモミジの木々が両側から押し寄せ、まるで鏡のような臥龍池の水面に静かに映しだされていたのだ。

 

モミジの木々の繊細な色彩と澄んだ池の水がつくりだす幽玄の世界。その空間を自分なりに絵画で表現してみた。

 

 (2018年制作 F10号 「高台寺臥龍池と紅葉の木々」 井上晴雄)

 

 

 

 由良川橋梁を渡り日本三景の天橋立へ ~京都丹後鉄道(丹鉄)でゆく列車旅~

「由良川橋梁を渡り日本三景の天橋立へ」~京都丹後鉄道(丹鉄)でゆく列車旅~(絵と文 井上晴雄)  

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 海と山に囲まれ、神代の物語が伝わる京都府北部エリアはロマンあふれる地だ。京都府北部エリアといえば、日本三景「天橋立」のある宮津市はじめ5市2町を圏域とする「海の京都観光圏」が国の認可を受け国内外から注目を集めている。同観光圏内の交通手段として大きな役割を担うのは京都丹後鉄道(丹鉄)だ。先日、そんな京都丹後鉄道宮舞線・宮豊線の普通列車に揺られ天橋立へ向かう旅に出た。

西舞鶴発豊岡行の気動車は、山々に挟まれた田園地帯をゴトゴト西へ走っていく。駅前の枝垂れ桜が美しい四所駅や「安寿の里駅」の愛称を持つ東雲駅に停まり、丹後神崎駅を出ると列車は山すそのカーブを舞い、第1の絶景ポイントである由良川橋梁に差し掛かる。由良川橋梁は大正13年に完成した全長552mの単線橋梁だ。一直線にのびる橋を進むにつれ、車窓いっぱいに由良川の川面が広がった。まるで海上を走っているようだ。

丹後由良駅から列車は海沿いに高台へ上がり第2の絶景ポイントである奈具海岸を右車窓の眼下に映しだす。紺碧の栗田湾と入り組んだ海岸線の構図が美しい。栗田駅からトンネルを抜けると宮津駅。江戸時代の風情香る市街地には宮津温泉ピント湯が湧き、「宮津温泉 料理旅館 茶六別館」はじめ名宿が並ぶ。宮津駅からひと駅行くと日本三景「天橋立」の最寄り駅である天橋立駅に到着する。

駅前から智恩寺の門前町を辿ると天橋立のたもとに出た。宮津湾と阿蘇海を分ける形で3.6kmに及ぶ砂嘴が一直線にのび、美しい白砂青松の風景が展開。かつて国生みの神である男神イザナギノミコトが女神イザナミノミコトのもとに通うため天上から梯子をかけ、それが倒れて天橋立になった・・。そんなロマンチックな神話が現地に伝わる。

 天橋立を歩いた後、天橋立運河の畔で湯けむりを立てる老舗温泉宿「文珠荘」に立ち寄った。天橋立の神話に思いを馳せながら、同宿の茶庭風露天風呂に浸かる。その澄んだやさしい湯は旅の疲れをゆっくり癒してくれた。

(由良川橋梁を渡り日本三景の天橋立へ ~京都丹後鉄道(丹鉄)でゆく列車旅~ 絵画と文 井上晴雄/『旅の眼123号』掲載

 

「ふるさとに咲く桜」 

    「ふるさとに咲く桜」                     絵と文 井上晴雄 

日本列島に桜前線が北上中である。どこか花見に出かけてみようと思い、先日、生まれ故郷に久しぶりに訪れた。 すると、小さいころよく歩いた桜並木に桜が花開き始めていた。可憐な花々を見上げながら人々がにこやかに過ごしている。そんな風景を見て心が温かくなった。

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桜といえば、小さい頃は、亡き母が毎日散歩に連れて行ってくれて、桜並木をくぐりながらいろいろな草花の名前を教えてくれたことを思い出す。

桜の木々は何も語らないが、そこには生命の躍動が溢れているのを感じとっていた。

じっと寒い冬を過ごし、毎年変わらず美しい花を咲かせている。子供心ながら、そんな桜のような大人になりたいなと思っていた。

そういった過ぎ去りし昔の出来事をなつかしく思い出しながら、枝に咲いている桜の花々を絵に描いた。

歳月が流れると、街並みも人も変わっていく。そこには寂しさもあるが、ふるさとの桜は当時と何変わらぬ姿でやさしく迎えてくれた。

    (ふるさとに咲く桜」絵 井上晴雄)

宮本武蔵駅のある智頭急行を行く

「宮本武蔵駅のある智頭急行を行く」

                     絵と文 井上晴雄

 全国には珍しい駅名がいろいろあるが、岡山県には宮本武蔵駅という歴史的人物の名を冠した駅がある。付近が剣豪・宮本武蔵のふるさとだと伝わることから名づけられた駅だ。宮本武蔵駅があるのは兵庫県の上郡から鳥取県の智頭に至る智頭急行智頭線の沿線。岡山県の北東部に広がる美作市に位置する。

 

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ある晴れた日の昼下がり、JR山陽本線の電車で兵庫県赤穂郡の上郡駅まで出て智頭急行の普通列車に乗り込んだ。青色と白色をベースにした一両編成の気動車はトンネルを貫きながら千種川に沿う山間をゴトゴト北上していく。平成6年(1994年)に開通した智頭急行は全長56.1kmの第三セクターの鉄道である。連なる山々の間に広がる田園や小さな集落を映しだしながら、星空がきれいなまち佐用町を過ぎると列車は岡山県美作市に入っていく。

 

上郡駅から40分ほど列車に揺られ到着した宮本武蔵駅は小さな無人駅だった。裏山には山水が澄んだ音を立て、田畑のわきには紫陽花がピンク色に水色に染め競っている。宮本武蔵駅で途中下車し15分ほど南にのびる道をたどると「武蔵の里」と称される一帯にたどり着く。天正12年(1584年)に生まれた宮本武蔵はその長閑な山里で幼少期を過ごしたと伝えられている。界隈には宮本武蔵生誕地記念碑や生家跡、二刀流を編み出したとされる讃甘神社など武蔵ゆかりの史跡が多く残されていた。

 

宮本武蔵駅を出ると智頭急行の列車は因幡街道をなぞりながら大原宿の最寄駅である大原駅へと向かう。因幡街道の宿場町として発展した大原は、なまこ壁や虫籠窓の町家が並ぶ往時の風情を色濃く残すまちだ。鳥取県に入り、駅がピンク色で恋が叶うとされる恋山形駅を出ると終点の智頭駅までは6kmほど。智頭駅はかつて鳥取県最大級の宿場町として栄えた智頭宿の最寄駅。因幡街道と備前街道が合流する地にある智頭宿には杉玉を下げた古い家々が連なりこちらもまた味わい深い。

(智頭急行と宮本武蔵駅 絵と文 井上晴雄/『旅の眼122号』掲載)

絵画「農村の風景」 (日本の風景)    絵と文 井上晴雄

絵画「農村の風景」農村風景」(日本風景

            

絵画 井上晴雄

兵庫県と鳥取県との県境に近い、ちいさな農村に訪れた。雪に閉ざされていた野山は、いつしか春の光景に様変わりしていた。畦道には、菜の花やレンゲソウが可憐に咲き乱れ、小川からは、軽やかな瀬音が聞こえてくる。

 小径を歩いていくと、明るい段々畑が広がった。そこには、おばあさんたちが、農作業に勤しむ姿があった。まるで春の到来を全身で喜ぶようかのように、懸命に田畑を耕し種を蒔いている姿が印象に残った。ここから米などの農作物が育っていくのだ。

 季節は、毎年、正確に巡ってくる。春になると若葉が芽吹き、夏になると、入道雲が湧きあがる。一見すると、ごく当たり前のことかもしれない。ただ、ふと立ち止まってみると、その平凡なことが至極、奇跡的でありがたいことに思えてならない。

(「春先の農村風景」/播磨/自然/農村の風景/画像/絵画と文:井上晴雄./国内旅行/日本の風景/風景絵画)

絵画「学校(小豆島・岬の分教場の風景/香川県小豆郡) 絵と文 井上晴雄

絵画「小豆島/岬の分教場」学校」(小豆島 岬の分教場)        絵画 井上晴雄小豆島は、瀬戸内海に浮かぶ、ちいさな島である。壷井栄氏の小説「二十四の瞳」の舞台ともなった学校「岬の分教場」までは、小豆島の南端にある安田から一本道。

自転車で緑のトンネルを抜けていくと、次第に、視界に海がひらけてくる。紺碧の海を眺めながら、岬の突端を目指してひた走ってゆくと、オリーブの葉が静かにそよぎ、陽があたたかく海面を照らしていた。

岬の分教場は、海のすぐ傍に現存していた。昔ながらの木造の校舎。建物の中に入ると、暗がりのなかに、黒光りする廊下がしんと静まりかえり続いていた。

ガラガラと、重たい扉を開けて教室に入ると、窓から差し込む、やわらかな光のなかに、古びた椅子と机が並ぶ光景が目に飛び込んできた。

                        (絵と文 井上晴雄「学校」~小豆島 岬の分教場」)

絵画「東京ゲートブリッジと東京湾の夜景」(テレコムセンター展望台からの夜景) 絵と文 井上晴雄

      

 

 

  「東京ゲートブリッジ東京湾夜景」                                                                     絵画と文   井上晴雄

 

 2012年2月12日、「東京ゲートブリッジ」が開通した。東京ゲートブリッジは、東京都大田区城南島と江東区若洲の間を結ぶ橋で、全長2618m、高さは87.8mあり東京港臨海道路一部を成している。恐竜が向かい合っているような形から「恐竜の橋」とも呼ばれている。

 

「東京ゲートブリッジと東京湾の夜景」(テレコムセンター展望台からの夜景)絵 井上晴雄

 

 

同年4月25日からは橋のライトアップも始まった。陽が沈むと東京湾の海面は、深い群青色に染まっていく。はるか先につづく房総半島にまちのあかりがともりはじめると、海の上には一筋の光の線がのびる。東京ゲートブリッジの点灯がはじまるのだ。橋の側面に設置された886台のLED(発光ダイオード)が月ごとの色調で点灯。そして、トラスに設けられた492台の白色照明が約4分かけてゆっくりとともり、橋を優美に照らしだしだす。息をのむひとときである。時間が経過するにつれ、暗く沈みゆく東京湾に東京ゲートブリッジはその姿をくっきりと浮かび上がらせる。時おりお台場から出航する船が、船内のあかりを海面に映しながら、沖に遠ざかり東京ゲートブリッジの下をくぐっては消えていくさまも何とも言えない情緒がある。

 

※東京ゲートブリッジのライトアップは、日没から深夜0時まで行われている。ライトアップの色には季節がイメージされ、月ごとに変化していく。
【東京ゲートブリッジのライトアップ 月ごとの色】
1月 白金色 2月 真珠色 3月 若草色 4月 新緑色  5月 青葉色  6月 水色  
7月 海色  8月 空色  9月 桔梗色 10月 秋草色 11月 紅葉色 12月 緋色

 

(「東京ゲートブリッジと東京湾の夜景」絵と文 井上晴雄) ※当絵画は平成31年3月、テレコムセンタービルに寄贈しました

«絵画「温泉津温泉の夕暮れ」 島根県大田市  絵と文:井上晴雄